ポルトガル鉄紀行#1 リスボンのケーブルカー

 俺が「ポルトガルという国があって、そこにリスボンという街がある」というのを知ったのは、種子島の鉄砲伝来の話でも世界史の教科書でもなくて、小学校に入る前に買ってもらった「路面電車」という図鑑的な、たしかA4サイズくらいの本だった。
 残念ながら今はどっかに消えてしまったのだが、この本は子ども向けながら全体の3分の2くらいは外国の路面電車を紹介しているというなかなか凄い本で(正直言ってこれに並ぶ本は今もないと思う)、俺はサンフランシスコのケーブルカーも香港の2階建てトラムも東欧のタトラカーもこの本で知ったのだが、その中にリスボン路面電車とケーブルカーも載っていた。路面電車のほうは子どもが見ても日本では絶対にお目にかかれないような旧型と分かる2軸車だし、ケーブルカーは見慣れた高尾山や大山の平行四辺形のとは違って、車体が水平になった不思議な形。何気にインパクトが強かったのか、今でも写真の構図が思い出せるくらいよく覚えている。
 当時はポルトガルリスボンはおろか、ヨーロッパが世界地図のどのへんにあるのかもよくわかっていなかったが、それでも「こんな電車やケーブルカーが走ってる『リスボン』に行ってみたいな」と、その本を見るたびに思っていた。


 それから20数年。たった3泊だったけど、俺はポルトガルに行き、ついに実物とのご対面を果たした。


 今回俺が泊まった宿はリスボン旧市街の中心部、レスタウラドーレス広場近くの「Casa de hospedes Modelo」というところ(ホテル予約サイトだと「Residencial Modelo」で最安値のカテゴリーに出ている。内装はいわゆる普通の安宿で、設備は古いがきれい)。リスボンにはグロリア(Gloria)、ラヴラ(Lavra)、ビッカ(Bica)の3つのケーブルカーがあるが、レスタウラドーレス広場の脇からはグロリア線が出ている。
 リスボンに夜中到着した俺は、翌朝宿を出るとさっそくグロリア線に乗りに行った。

 ケーブルカー(ポルトガル語ではAscensor。スペイン語だったらエレベーターの意味ですね)と市内のバス、市電、エレベーター(観光名所になっているサンタ・ジュスタのエレベーター)は「Carris」という会社が運行している。

 切符は「7 colinas」というCarrisが運営する交通機関と地下鉄の共通ICカードを購入。これは地下鉄駅の券売機で買える。「カード」といっても実は厚手の紙製でけっこうふにゃふにゃしていて、センサーの認識精度はSuicaやオクトパスより落ちる。こういうものはアジアのほうが進んでるな、と思うが、地下鉄や近郊電車の券売機でもクレジットカードが使えるのは便利だ。



 これだ!車体が水平になったケーブルカー。20数年前に本で見た写真そのまんまの姿で、ちょっと感動してしまった。乗り場は見ての通りで、立派なホームがあったりするわけではなくただ屋根がある程度。路面電車やバスのように路上からそのまま乗る。線路の終端もただブツっと途切れているだけで、車止めもない。おかげで写真は撮りやすい。
 車内は(写真が撮れてなかったが)木造のロングシートに白熱灯、壁は白ペンキ塗り。ICカードリーダー以外は現代的なものは見当たらない。昼間もいいが、夜乗ると本当にいい感じだ。ちなみに乗り場にある表示を見ると、国の重要文化財になっているようだ。

 グロリア線は1885年に開業。歴史的に見ればまともに走る電車はできたばかりで、ケーブルカーが都市内軌道交通としてアメリカを中心に幅を利かせていたころだ。最大斜度は177‰で、ケーブルカーとしてはそれほど急ではない。どういう風にコントロールしているのか分からなかったが(運転士に聞いてみたけど英語が通じない)、山上側の運転台上にある薄らぼんやりしたランプが明るく点灯すると、これが合図なのか運転士がマスコンを回して発車。車体が水平なので麓側は視点が高く、狭い道の両側に立ち並ぶ家の屋根を見下ろしながらゴリゴリと登っていく。途中で下りとすれ違い、そこからは複線になって山上の駅に到着。こっちの駅は屋根すらなく、いきなり階段の行き止まりになっているだけ。途中駅はなく、全長は276mなのであっという間だ。



 車体を横から見るとこんな感じ。落書きが酷いが夜間も路上に停めっ放しなのでまあ仕方ないんだろう。台車はブリル21Eを斜めにしたような形。車輪は普通のフランジ付きなので、単線に見える下の区間もポイントがあるわけではなくガントレット(単複線…複線を重ねた形)になっている。要は全線複線で、道幅によって線路の敷き方を変えているわけだ。当たり前だけど、出入り口は山上側にしかない。
 架線は2本で、屋根上のパンタはシューではなくローラーが付いている。電圧はDC600V。架線は車内照明なんかの他に制御にも関連しているんだろうけど、しかしどうやって動かしているんだろうか?Carrisのサイトを見ると、どうやらグロリア線とラヴラ線は車両にモーターを搭載しているようだが、モーターで車輪を動かし、反対側の車両の重さでパワーを補うということなんだろうか?謎だ。ビッカ線は一般的な巻き揚げ式のようだ。

 なにしろ宿から近かったので、夜は2日間とも酒を飲んだ後に意味なく乗りに行った(夜は0:00まで運転)。大した距離ではないとはいえ、歩くにはやっぱり急な坂なので、夜でも地元の利用者がけっこう乗っていた。観光用の「レトロな乗り物」に見えるけど、これはちゃんとした「生きた交通機関」だ。

 今回、他の2路線には残念ながら乗ってない。次はぜひ乗ってみたいと思う。
 一応分かった範囲でケーブルカー3路線のデータ(参考:Museu da Carrisの展示)

路線名 開業年 路線長 最大斜度
Lavra 1884 188m 22.9%
Gloria 1885 276m 17.7%
Bica 1892 283m 11.8%