ポルトガル鉄紀行#2 リスボンの市電

 もはや単なる交通機関というより、リスボンのシンボルのようになっている市電。ポルトガル語では「Electrico」というんだそうだ。最盛期には150kmを超える路線網があったようだが、今は5系統が走っている。軌間は一見してナローと分かるが、ヨーロッパによくある1000mmではなく独特の900mm。

 グロリア線のケーブルカーを山上の駅で降り、目の前の道を左側へと下っていくと「カモンイス広場」に出る。ここには市電28系統(停留所の系統番号表示は「E28」。Eが付いていると電停)が通っている。


 ついに2軸単車の黄色い市電とご対面。ポルトガルの街並みはイタリアやスペインというよりちょっとフランスっぽい感じを受けたのだが、とにかく俺の憧れ、南欧の石造りの路地をポール集電の2軸単車が走っていく。これまたちょっと感動してしまった。



 走行音はとても静か。加速もよく、走りも新型LRVのようにかなり軽快だ。乗り心地も単車とは思えない滑らかさで、全然ゴツゴツした振動がない。骨董品のような車両なのに不思議だと思ったら、実はこの車両、台車はカルダン駆動で軸バネが積層ゴムの新型に交換されていた。現役の営業運転用車両はすべてリニューアルされているようだ。旧型単車なのでツリカケ駆動だとばっかり思っていたが、性能的にはインバータ制御でこそないがほとんど最新型に近いだろう。
 電車はポールのほかにシングルアームパンタも搭載していて、28系統ではポール、15系統ではパンタと路線によって使い分けている。今回は乗れなかったが、赤い塗装の観光用トラムもあって、これは恐らく一般の系統とは違うルートを通るだろうから、もしかしたら運行中にポールとパンタの切り替えが見られるかもしれない。ただ、狭い屋根上にパンタを積んでいるのでポールは回せないだろう。恐らくその関係もあって、もともとは両運転台車だが今は方向を固定して片運転台車として運用されているようだ。
 メンテも行き届いていて、木の部分がニス塗りの内装もくたびれた感じがなくとてもクリーンだ。座席はビニールレザーで、車端部が2人がけくらいの超短いロングシート、中間は2+1のクロスシート。ほとんど昔のままのケーブルカーとは違って、降車ボタンが取り付けてあったりドアは自動開閉になっていたりと、現代の乗り物として必要な装備はちゃんと手が加えられているが、レトロなイメージを壊さずにやっているのがとてもいい。
 カモンイス広場を発車すると裏道のような路地に入り、かつての碓氷峠なんか目じゃないものすごい急坂を下っていく。しかも高性能な走り装置に物を言わせてかなり飛ばす。あまりに急なので最初は下り専用のルートなのかと思ったが、登ってくる電車もあった。はっきりいって普通の電車が走るにはちょっと信じられないような急勾配だ。箱根登山鉄道より急かもしれない。



 やがてリスボンの下町、アルファマ地区に入っていく。この周辺は4トントラックでもきつそうな細い路地に急カーブ、急勾配の連続。線路は基本的に複線だが、狭い路地に合わせてガントレットになったり複線に戻ったり変幻自在、逆カントのついた急カーブからポイントに直結していたりと、レール敷設の限界に挑戦しているかのような線路さばきだ(という言葉も変だが、そう言いたくなる)。鉄ヲタなら電車ってこんなところも走れるのか、と、ちょっと既成概念が崩れるはず。ポールがよく外れないもんだと感心する。逆にパンタだと上下の動きが激しくて離線するのかもしれない。

 電車はワンマン運転。制御は普通の2ハンドルの電車にあるようなマスコン一つだけで加速、ブレーキも制御できる、要はワンハンドルコントロールだ。これも新型台車に交換したときに変えたのかと思ったが、Carris博物館の車両やポルトの復元車両(この2つはまた別項で)を見るとハンドル配置は基本的に同じで、操作のやり方は昔から変わらないようだ。しかしあの急坂での坂道発進を難なくこなしてしまうのはすごい。運転士はおっさんからブロンドのお姉さん、俺みたいな髪型(立ててます)でサングラスの兄ちゃんやらいろんな人がいたが、飛ばし屋だったり慎重派だったり、ハンドルさばきはそれぞれ個性があって面白かった。もしリスボンに生まれていたら市電の運転士になりたかったな、と思った。

 車両はこの単車のほかに、15系統専用(だと思う)としてシーメンス製の3連接低床車がある。導入が1995年と完全低床車の普及には少し早い時期なので、フルフラットではなく編成の両端は少し床が上がった形。これもなかなかの加速で、大通りをすいすい走る。ただ、走行音はむしろ単車のほうが静かだった。


 行ったのが1月でオフシーズンだったからかもしれないが、電車の乗客は観光客より地元の人が圧倒的に多くて、本当に日常の足として走っていた。100年前と変わらないような単車と新型低床車が日常的に一緒に走っているのはリスボンくらいじゃないだろうか?昔からのものを大切に使い続ける中で新しい技術も拒まずに取り入れ、それが日常に溶け込んでいる、というのは素晴らしいことだと思う。