福知山線脱線事故で社長ら書類送検

 2005年4月25日のJR西日本福知山線脱線事故で、兵庫県警は8日、業務上過失致死傷容疑で同社の山崎正夫社長(65)ら鉄道本部幹部経験者9人と、事故列車の運転士の計10人を書類送検。(参考=Yahoo!ニュース 産経新聞記事
 当時の社長が対象になっていないのは納得いかない気がしますが、これでやっと「物理的な事故原因」の究明から一歩進んだ「事故発生の背景」の真相へ迫ることができるようになったわけですね。
 記事によると、社長ら4人の送検事実は

 山崎社長の送検事実は鉄道本部長だった平成8年12月、現場カーブを半径600メートルから304メートルの急カーブに付け替えた際、ATSを設置せず、事故を防ぐ措置を怠った過失。

 とのこと。
 同じく送検された元鉄道本部長らの送検事実は、

 徳岡研三・元鉄道本部長(61)ら2人は、15年9月に現場カーブへのATS設置が決定したにもかかわらず、事故当日までに工事を完了させず、事故を防げなかったとして送検。また徳岡元本部長については、他の2人とともに、懲罰的な日勤教育や余裕のないダイヤ編成で、高見隆二郎運転士=当時(23)に過度の精神的プレッシャーを与えるなど、適切な安全管理を怠ったとの事実

 とのことです。ちなみにこの2つについては、起訴を求めない「しかるべき処分」との処分意見を付けるのだそうです。

 この事故発生当時、盛んに「新型ATSがあれば事故は防げた」という報道がなされました。新型ATSとはATS-Pのことで、確かにこれはその通りですが、同線で事故当時に使用されていたATS-SWでも、速度オーバーを防ぐことは可能でした。つまり、カーブ付け替えの時点でATS-SWの速度照査地上子を設置していれば事故は防げたはずで、これが今回問われている「過失」の内容でしょう。山崎社長は今までにも「運転士は制限速度を守ると考えており、大幅な速度超過は想定外だった」(9月5日付時事通信記事)などと発言していますが、社長らが起訴されるかどうかは「事故の発生が予想できたかどうか」が最大の焦点となる見通しのようです。


 このブログは報道機関でもなんでもないので、個人的な推察を書きますが、はっきりいって、私は事故現場のカーブにATS-SWの速度照査地上子をずっと設置しなかったのは「故意」に近いんじゃないかと思っています。

 なぜ「故意」にATS-SWの速度照査地上子をずっと設置しなかったと思うのか?それは、ATS-SWの速度照査地上子を取り付けた場合、当時のダイヤではほとんど定時運転が不可能になっていたのではないか、と思うからです。
 ATS-Pの速度照査の場合、スピードオーバーすると常用最大ブレーキがかかり、列車は制限速度以下まで減速されます。しかし、ATS-SWの速度照査では、スピードオーバーすると非常ブレーキが作動して列車は停まってしまいます。要するに、現場のカーブにATS-SWの速度照査地上子を取り付けたら、しょっちゅう非常ブレーキが作動してまともに走れないと考えられ、ATS-Pが整備できるまで先送りしようと考えられたのではないだろうか?と思うのです。実際、事故後にATS-Pの設置とATS-SW速度照査地上子を設置して運転再開した直後、ATS-SWの速度照査が働いて特急列車が非常停止した例がありました。これはまさに「制限速度を多少上回るくらいでないと定時運転できない」という意識が運転士に浸透していたからじゃないでしょうか。
 もし本当にそうならば、JR西日本は「ダイヤを維持するためには速度違反も仕方ないし、そのためにはATS-SWは邪魔だ」と考えていたことになります。そして、そう思われても仕方がないようなことが、鉄道・航空事故調査委員会の最終報告書(pdf)には見受けられるように感じます。

 この事故では盛んに「過密ダイヤが云々…」という論評が数多く見られました。しかし、鉄道・航空事故調査委員会の最終報告書を見れば、当時の福知山線のダイヤは「過密ダイヤ」というより、はっきりいって「偽装ダイヤ」と呼んでもいいんじゃないかと思えます。
 なぜか?それは、ダイヤ作成の基になる「基準運転時分」を作るための「運転曲線」の作成についてかなり重大と思えるミスがあったことが書かれているからです。

 本件列車の列車長は140mであるところ、提出運転曲線には明示されていないものの、提出運転曲線に使用された列車長は10m程度と見られる。また、本件列車は1〜4両目までが207系0番代、5〜7両目が207系1000番代であるところ、それよりも加速性能のよい1〜7両目全てを0番代とする列車データが作成システム用コンピュータに残されており、その加速性能については、2.9.3 に記述したとおり、通常は「切」位置とすることとされている高加速スイッチを「入」位置としたときの力行6ノッチの加速性能が使用されていた。(報告書p145)

 これについて担当者は「207系では最も古い0番台が最も加速性能が低いと考えて0番代のデータを使用した」、「力行6ノッチが通常は使用されないということを知らずに、力行6ノッチのデータを使用した」とされています。確かに素人考えでは、1000番台のほうがモーター出力が上がっているから加速が良さそうな気はします。とはいえ、これは本職の担当者の発言です。加速性能や現場の事情を知らずに、全ての基になる運転曲線を作るなんてことがありうるんでしょうか?「高加速スイッチ」にはカバーが付いているし(横から指を入れて操作はできるそうですが)、そもそも「列車長が10m」なんてのは207系1両にも満たない長さです。本当にそんなことを知らない人間が運転曲線を作っていたとはにわかには信じられません。これは、そんな設定にでもしなければ実現不可能なダイヤ作成を要求された(あるいは常に「運転曲線は上げ底で」という伝統があったとか)からではないんでしょうか?

 そう思えるのには理由があります。ただでさえ余裕時分の少ない同線で、事故を起こした5418Mは特に余裕のないダイヤが組まれていたことは当時盛んに報道されていましたが、その「余裕の削り方」が報告書に書かれているからです。以前、報告書が出たときにも書きましたが、当時のダイヤ作成担当者のとても生々しい口述があります。
 これは快速の停車駅が増えた(中山寺)ときに、片町線の単線区間での列車交換を遅らせないためにどこかで所要時間を削れないか考えた結果、伊丹駅での停車時間を5秒削ったことについて述べている部分ですが、

 なお、駆け込み乗車がない場合であっても平均的に17〜18秒要していた伊丹駅停車時間を運行計画上15秒としたことについては、整列乗車を慫慂することにより15秒に抑えることができるし*1、また、伊丹駅〜尼崎駅間の運転時間を実測したところ約5秒の余裕があったので、問題ないと考えたことによるものである。(報告書p144)

 ダイヤを作った時点で、何もなくても15秒停車では無理、と担当者も分かっていたわけです。事故後に「机上の空論」として叩かれた曲芸的ダイヤは、実は机上の段階ですら無理があったということになります。

 ここまでして所要時分を削ったのはなぜか?それは「経営上の理由による上層部の命令」に他ならないでしょう。そういった「経営方針」のために、人間業ではほとんど実現不可能に近い「スピード違反せざるを得ないようなダイヤ」が作られ、その障害になるシステムの設置が先送りされ、そしてそのダイヤを実現できない者には罰則を与え、その結果運転士に過重なストレスがかかり…と、どうしても思えてしまうのです。



 ここ数年、建築強度偽装や食品偽装など、それまで「安全」と信じられてきた日本企業の信頼がどんどん崩れていっています。経営方針や効率を重視するあまり、法律や安全性を軽視したり、まともな投資をせず従業員に負担を押し付けるだけという企業がいかに多いか、という表れでしょう。それが悲惨な形で表れてしまったのがこの事故だと思います。単に人の生死に関わらないから分からないだけで、ほとんどの企業が多かれ少なかれそういう体質を持っているんじゃないでしょうか?
 「文明批判」みたいなのは大っ嫌いなんですが、今後のこの事故の捜査で、そういった「企業の体質」が暴かれ、世の中に何らかの警鐘や教訓を与えてくれればいいな、と思います。

*1:整列乗車は実行されなかった