台湾鉄路 林口線に乗る

 突然ですが遅めの連休を取って台湾に来ています。

 今日は列車が1日に朝夕2往復しか走らない、台湾鉄路の中でも割とマイナーな路線「林口線」に乗ってきました。

 林口線は、台北から西部幹線の区間車(普通)で約40分の桃園駅から、火力発電所のある台北県林口郷の林口駅までを結ぶ全長18.4km、非電化・単線の路線。旅客列車は桃園から約12kmの長興駅までを走る。「1日2往復」なんていうとどんだけローカル線なんだよ、と思ってちょっと期待してしまうが、実は台北からかなり近いところを走っている。

 なんで大都市・台北の郊外にそんなローカル線が?と思うが、この路線、もともと火力発電所への石炭輸送を目的として1968年に敷設された貨物専用線で、旅客輸送は行っていなかったのだそうだ。旅客列車が走り始めたのは2005年の10月27日から。林口線沿線の宅地化が進んで道路の渋滞が激しくなったため、せっかく線路があるんだから旅客列車を走らせてほしい、という住民の要望が高まり、台湾鉄路と桃園県が協力して試験的に平日2往復の旅客列車運転を始めた、という経緯だそうだ。

 そんな経緯もあって、この線の旅客輸送にかかる費用は桃園県が補助しており、運賃はなんと免費、要するにタダ。太っ腹だな桃園県台北から近いしタダだしちょっと面白そうだしこれは乗らない手はないでしょう。さらに付け加えるなら、台鉄に2両しかないディーゼルカー、DR2510形が専用車として運用されているのも「鉄」的にはポイントだ。

 というわけで、台北に着いて適当な宿を見つけ荷物を放り込み、さっそく桃園に向かったのでした。

  • 乗車記


 台北16:20発の区間車に乗り、桃園に17:00着。林口線の下り最終(まあ2本しかないんだけど)は17:30発だ。林口線のホームは本線の駅からは少し離れたところにあって、ちょっとわかりにくい。駅舎を出て右に向かうと(この写真でいうと左側になる)「立安汽機車停車場」という看板のある駐車場があり、その下に「桃林鉄路」という看板が出ている。「桃林鉄路」は林口線のこと。

 ホームはこの駐車場の奥にある。駅に到着する直前、駅構内の外れに2両編成のディーゼルカーが停まっているのを発見していなかったら、駅舎内に一応表示があるとはいえ、たぶん迷っただろう。


 あまり整備されているとはいい難い駐車場の一番奥に、割と立派な「桃林鉄路 桃園駅」の看板とホームが。タダなので改札や切符売り場はなく、待合室や屋根もない。仮乗降場や路面電車の停留所のような感じだ。

 ホームにある時刻表。朝と夕方の2往復しかないことがわかる。運転は平日のみで、土曜・休日は運休。

 発車25分前の車内はガラガラ。車両は非冷房で扇風機のみ。ちょっと暑いので、一段上昇式の窓を開けてみる。なんとなく日本のちょっと前のローカル線を思い出す。片隅式運転台なので「かぶりつきシート」があるが、座っているのは車掌氏。どうやらここが定位置なのか?

 次々にやってくる本線の「自強号」やら「区間快車」やらを横目にのんびり発車を待つ。発車10分くらい前からぼちぼち乗客が増え、定刻の17:30にはシートがほぼ埋まるくらいになった。ほぼ全員がジャージを着た高校生か中学生。ちょうど学校帰りの時間なんだろう。
 発車時刻になると、ずっと座っていた車掌が立ち上がり、一番前のドア横にあるスイッチに大きな鍵を差し込んでドアを閉め、特に笛やベルの合図はなく発車。しばらく本線と併走した後、大きく左にカーブして右へ向かう本線と別れ、住宅街の裏庭の路地のような線路を走る。通勤路線化を目論む支線ということもあって、なんとなくこどもの国線横浜高速鉄道)の長津田駅付近を思い出す。
 裏庭なのか何なのか、トタンでできたバラックや木々や小さな畑といった雑然とした風景の中を進み、高架道路をくぐって鉄橋を渡ると、2つ目の桃園高中駅。やや左カーブのホーム上には落ちそうなほどたくさんの学生がずらり。いままで2両編成ではもったいないくらいだった車内がたちまち満員になる。ホームに隣接して学校があったが、恐らくこれが「桃園高中」なんだろう。しかしここから乗ってきたのもみんなジャージを着ている。なんとなくイナカっぽいというか、この辺の学校には制服がないんだろうか?
 桃園高中駅を発車してしばらくすると、車窓は裏庭然とした風景から、大きなマンションが並ぶ割と整った住宅街の風情に。次の駅、寶山は「団地の中の駅」のイメージだ。ここからは親子連れが何人か乗ってきた。なんとなく「途中駅からの乗客はないだろう」と思っていたのでちょっと意外だ(後でわかったが、この人たちはただ往復しただけのヒマ人だった)。

 寶山を発車すると、今度は工業地帯に。進行方向右側に大きな石油化学工場か油槽所のような施設が見え、車内にも石油の臭いが漂ってくる。この工場はかなり大規模で、敷地内には10本くらいの側線があるヤードも見え、入れ替え用らしきディーゼル機関車も停まっていた。
 次の駅、南祥は今までで一番賑やかな駅。駅は商店の立ち並ぶ道路と線路が直交する踏切の脇にあり、線路と平行する道路にも店が並んで「街に出た」という雰囲気だ。この駅で乗客の2/3が下車。今まで満員だったのが、一気に1両に十数人まで減る。駅から少し離れたところにはマンションも立ち並んでいて、桃園近郊の新興住宅地、といったところだろう。
 南祥を出て、台湾高鉄(新幹線)の高架をくぐると、辺りは住宅街から再び工場地帯へ。工場といっても、今度は小さな町工場風や、運送会社の倉庫などが立ち並ぶ。セメント工場の引込み線もあり、ディーゼル機関車とセメント貨車が停まっていた。ディーゼル機は廃車かと思うようなボロさ加減だったが、機関士が乗っていたところを見ると、どうやら現役のようだ。
 フランジのきしむ音を立てながら倉庫街を走りぬけ、やや大きな踏切を渡り終えると終点・長興。これで約30分の旅は終わり。終点まで乗っていたのは約20人。当然全員がここで降りる…と思いきや、降りようとするのはほんの僅か。降りた客に向かって車掌が何かを叫ぶと、わざわざまた乗ってくる人までいる。なんだこれは?というわけで、俺も乗り続けてみる。

 終点から先、線路は田んぼの中を一直線に伸びている。日本でもどこかにありそうな町外れの風景だ。そんな中を列車はゆっくり走り続ける…と思ったら、なんと途中の何もないところで停まってしまった。線路の脇には「客車折返點」という標識が立っている。要するに、終点から先の数百メートルを引き上げ線として使っているわけだ。長興駅の発車時刻が近づくと、運転士は反対側の運転台に移動し、再び長興駅へ。そして桃園行きの折り返し列車としてそのまま走り出した。終点で降りなかった客は乗ったまま。つまり、最後まで乗っていた客の半分くらいはただ折り返し乗車するヒマ人ということだ。
 しかし、何も田んぼの真ん中の中途半端なところで折り返さなくても、駅でそのまま折り返せばいいような気がするが、一体何なのか?車掌に確認してみたかったが、俺は中国語はまったくわからない(英語は通じなかった)ので確認できず。恐らく、長興駅は踏切のすぐそばなので、停まっていると遮断機が閉じたままになるとかいった問題があるんだろうと思う。

  • 全体的感想

 当局としては通勤路線化したいようだが、現状ではあまりにも本数が少なすぎ。しかし、貨物列車の関係で現在の設備ではこれ以上の増発は難しいらしい。ただ、こんなに本数が少ないにもかかわらずそれなりの利用者がいる、ということは、潜在的な需要はけっこうあるのでしょう(タダだからかも知れないが)。今後の発展が期待されるところですが、その場合はなんとか桃園駅構内に直接乗り入れできればいいと思う。

 車窓風景は地味、というか殺風景というか、観光的要素はほぼ皆無。「世界の車窓から」にはまず登場しないだろう。でも「鉄」としては、いかにも貨物専用線っぽい雑然とした景色、旅客列車は1日2往復のみ、走る車両はレアなディーゼルカー…etc.と、惹かれる要素満載。大都市近郊で暮らす台湾の人たちの暮らしが見えるようでもある。しかもタダ。台北近郊の鉄ヲタ的ショートトリップとしてはなかなか面白いと思います。