日比谷線脱線事故から7年

 かなり衝撃的な事故だったので、これは書いておかねばなるまいな。
 個人的には、この事故は福知山線脱線事故より技術的には深刻なんじゃないかと思う。福知山線の事故は、人為的な遠因は何にせよ、物理的には70km/h以下で走っていればほぼ確実に発生しなかったと言えるだろう。「ボルスタレス台車がどうのこうの」と言っている評論家もいたが、それにしたって制限速度を30km/h以上上回った世界での話であって、制限速度さえ守られていれば防げたのはほぼ間違いない(だからこそ大問題なんだけど)。
 それに対してこの事故は自転車レベルのスピード(12〜13km/h)で発生した。トロッコ軌道ならいざ知らず、見た目に問題なく整備された線路上でこんな速度で脱線事故が起きるとは誰が思うだろうか。しかも数分前にも同じくらいの速度で、同じ形式の車両が通過している。
 結果的にこの事故は「車両の静止輪重比のアンバランス」が最も大きな要因とされた。要は電車1両に8つある車輪に対して重さが均等にかかっていないから、軽い部分が浮き上がった、ということだろう。実際、乗り入れ先の東急は過去の経験(ボルスタレス台車初使用の9000系が登場直後に脱輪)を踏まえてかなりしっかり整備しているそうで、確かにそれ以後同種の事故は起きていない(ちなみに営団地下鉄でも半蔵門線車両に関してはこの問題を把握していて、他線ではやっていない輪重比管理をきちんとやっていたそうなので、営団の責任は重い)。
 でも俺がこの事故を怖いと思ったところは、それまでは(輪重のアンバランスがあっても)何の問題もなくずっと走り続けてきたこの車両に、何かの要因が加わって事故に至った、というところの「何か」がはっきりとはわからない、ということだ。
 事故調の報告書は「第1軸の静止輪重のアンバランス」が大きく影響した、とした上で、以下のように書いてある。

 また、その他の因子として、以下のものが輪重の減少と横圧の増加を助長したと考えられる。なお、これらには、現在の設計・保守に関する技術的評価では特に異常とはみなせないものや、管理が困難なものも含まれており、また、各因子の脱線への影響度も一律ではない。

  • 脱線箇所付近の車輪・レール間の摩擦係数が事故発生時刻に増大したと推定され、それが横圧の増加をもたらしたこと
  • 当該車両の空気ばねの台車転向に対する剛性、台車の軸ばねの特性が、横圧の増加及び輪重の減少に影響したこと
  • 摩耗・損傷等の軽減を目的として研削されたレールの断面形状が、当該車両の踏面形状との組み合わせにおいて、横圧の増加に影響したこと

 「これらには、現在の設計・保守に関する技術的評価では特に異常とはみなせないものや、管理が困難なものも含まれており、また、各因子の脱線への影響度も一律ではない」。要は静止輪重比の管理以外、こういう現象が発生する条件を完全に防ぐのは困難、ということだ。
 この事故は、車輪が浮き上がる現象そのものは防げなかったとしても、脱線防止ガードレールさえあれば脱線・接触は恐らく免れて惨事にはならなかったと思う(実際、事故後にガードレール設置基準が厳しくなっている)。自然災害と同じで「現象」は防げなくても「惨事」は防げるはずなので、そちらの対策がしっかり採られていれば、今後同じ事態を防ぐことはできるだろう。でも、今のところ人類が作った輸送機関の中で最も安全度の高いと思われる鉄道にも、こういう未知の危険があるのか、と考えさせられる事故だった。